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子どもエッセイ
2019年2月4日 月曜日

前回のブログで、「大人の再教育」が必要では?と書きましたが、誤解されがちですが、「大人側がダメな人間だ」ということではありません。

「知らない」「わからない」ことは、おとなであっても当たり前に存在します。

前回も触れましたが、おとなは当たり前だと思って育児をするわけですから、悪気があるわけではないことがほとんどです。

もちろん、虐待事件に関して、すべてがそうとは限らず、加害者側の大人の歪んだ性質などによって明らかな悪意をもって、我が子を「自分の所有物」として取り扱うことによるものもあるでしょう。

ただ、多くの虐待のほとんどが、逮捕されたり一時保護されたりした際に、「虐待だと思っていなかった」と答えることがほとんどとのことです。

育児においては、何が正しくて何が間違っているのか、その線引きは難しく、正しい育児方法があるわけではありません。

子どもはひとりひとり人格が違いますから、Aちゃんには有効でも、Bちゃんには逆効果、ということもよくある話です。

ですから、正しい正しくないの判断は、「その国の法律」と「人道的であるかないか」によってなされます。

日本は先進国であり、教育水準も生活水準も高い国です。

そういった国では、暴力や暴言による育児は「人道的」ではありませんし、何よりも、憲法や児童福祉法、子どもの権利条約によって、禁止されています。

ここに、実際のおとなの姿との乖離が見られます。

法的にはそうでも、現実社会では理解されていない、わけです。

そういった乖離は、いたるところで見られることですし、日本人は特にその曖昧さを好む傾向もあります。

しかし、それによって子どもの命が奪われていいわけではありません。

そこで、今回、新たに「保護者による体罰によるしつけの禁止」が明文化されることになりました。

「罰」が見えないと律することができない人間が多いということですね。

同時に、子どもへの考え方の理解が深まる第1歩でもあります。

世の中はとかく、発言権をもった人の意向で動きがちです。

おとなは発言権を持っていますから、世の中はおとなの都合によって動かされちきます。

子どもにも発言権はあります。同じ人間ですから。

子どもの発言がもっと重視される世の中になっていくといいなぁと個人的には思っていますが、やっぱり世の中の多くのおとなは、まだまだ「子どもにまかせたら何をするかわからない」といったさも自分が万能かのような勘違いが蔓延っていくんでしょうね。

万能なおとながいるのなら、1度でいいから会ってみたいものです。

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2019年1月30日 水曜日

年明けから、連日虐待による逮捕者のニュースが飛び交っています。

その内容は様々ですが、これまで見過ごされてきた(見逃されてきた、と言った方が正しいかもしれません)ことでも、保護者や家族がサクッと逮捕されています。

虐待と言えば、「身体的な虐待」のみが注目されがちですが、きょうだい間の明らかな差別や、子どもへの暴言や自信をなくすような頻繁な声掛けなどの心理的虐待も虐待とみなされます。

おとなからすると、「そんなことで?」と思われるかもしれませんが、それも仕方ないことかもしれませんね。

今の親世代が過ごしてきた時代では、「給食を無理やり食べさせられる」「悪いことをすれば叩かれる」などがごくごく当たり前に行われており、いうこと聞かない子どもは夜であっても外に出される、成績が悪いなどあれば「ダメ人間」扱いされ、こっぴどく暴言を吐かれる、などはよく聞く話でした。

そういったいわゆる叱咤激励(という名目のおとなの八つ当たり)で育ってきたおとなは、自身がそうやって育ってきてますから、自分もそういう育児をするものだと疑わずにいるのは理解できます。

特に純粋に自身の親世代を信じてきた方ほど、同じような方法による育児を行っていくでしょう。

しかし、時代は変わっています。

親世代が子どものころの時代と、今の時代ではいろいろなことが変わっています。

制度的にはどうでしょうか?

1994年に日本は子どもの権利条約に批准しています。

つまり、1994年の時点で、「子どもが一人の人間であること」などの子どもの権利が、国内でもしっかり保障されるべき事項となっていたわけです。

にもかかわらず、「子どもの権利条約」を知らない大人が多いこと多いこと。(ちなみに、平成28年度より児童福祉法でも明文化されています)

25年前にすでに制度的にはそうなっているにも関わらず、おとなは一体何をしてきたのでしょうか?

子どもの教育にようやく国を挙げて力を入れ始めたわけですが、子どもの教育はもちろんのこと、おとなの再教育も喫緊の課題であると感じます。

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2018年12月21日 金曜日

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毎年、クリスマスシーズンには、20時までの延長保育を利用する子どもたちのばんごはんが1日だけ豪華になります。

メニューは毎年決まっていて、“パセリごはん・タンシチュー・野菜たっぷりのタコのカルパッチョ・フライドチキン・いちごのホワイトドーム・シャンメリー”です。

今年はタンシチューが上出来で(20年以上、毎年作っているんですが、毎年なぜか出来不出来があるんです・・・)、作成者としても納得いく仕上がりになりました!

居残りの子どもたちもこの日を楽しみにしてくれていて、作り甲斐があります。

20時までというと、一般的にはかわいそうだと思われがちで、確かに居残りの子どもたちは遅くまで残ることに寂しさを感じる日もあります。でも、その感情をプラスにできることもあります。

「ごはんでつる!」(笑)

同じ時間を過ごすなら、「寂しさ」よりも「楽しさ」が上回ったほうが断然いいですよね。

毎日、居残りの子どもが「今日のばんごはん何?」と聞いてきます。

そこで生まれる会話で、居残りの時間が少しでも楽しいものに変わります。(特に子どもにとって好物のメニューの時は。)

そして、周囲の目は、「かわいそう」よりも「いいな~」に変わります。

そうすると、居残りの子どもたちはちょっと鼻高々になるわけです。

人はかわいそうと周囲に思われることで、「かわいそうな自分」を認識します。

これだけ価値観の多様性がある世の中で、何がかわいそうで何がかわいそうでないか、その基準も曖昧です。

結局は個人の価値観ですから。

「今日のばんごはん何?」という、何気ない日常の会話が、他の子どもたちにとっては羨ましく感じるものらしく、20時までの延長保育にあこがれる子どももいます。

ですので、年度末は、年長児さんに最後の思い出づくりの意味も込めて、20時までの延長保育を提案しています。

毎年度、ほとんどの子どもたちが最後の延長保育をわいわいきゃあきゃあしながら過ごしています。

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2018年11月29日 木曜日

第2回保育実践科学部会告知ポスターfinal[131]今年度の7月、東京大学で開催されました「第18回日本赤ちゃん学会学術集会」におきまして、予てより試案がありました学会内の保育部会が設立されました。

正式名称を、「日本赤ちゃん学会 保育実践科学部会」といいます。

部会の総括は、NTTコミュニケーションズ基礎研究の麦谷綾子氏が務められます。

未熟ながら、私が副総括を務めることとなっています。

保育実践科学部会は、その設立趣旨のひとつとして、研究者や現場、養成校などなどの垣根を越えて、「子ども」を多角的に捉え、かつ、科学的な根拠に基づいて共通理解を図り、多職種他業種によるダイバーシティにおける協調・協働を目指すことが挙げられます。

先般の東京大学での保育実践科学部会のワークショップでは、参加申し込み者多数となり、当初1回のみの予定を、急きょ翌日に2回目のWSの時間を設けるほど盛況な会となりました。

 

この度、第2回の保育実践科学部会を福岡にて行います。

参加は無料となっておりますので、ご興味のある方はぜひ足をお運びください。

お申し込みは添付データに記載のURLへアクセスいただくか、QRコードにて読み取るか、いずれかの方法で申し込みフォームにジャンプ後、必要事項を入力の上、送信ください。

参加者多数の場合は、翌日の午前中に予備日を設けています。

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2018年11月22日 木曜日

相も変わらず、保育業界は保育士不足のようです。

幸い、当園は今年度は十分な人手に恵まれていますが、昨年度は保育士が不足していて、定員まで受け入れることができない状況でした。

保育士の不足は全国的なもので、国はありとあらゆる手だてて解消しようとしていますが、なかなか改善には向かいません。

今は、職業訓練でも保育士資格が取れるそうです。

毎年、保育士として社会に出る新卒者は数万人いるのですが、それと同等もしくはそれ以上に、保育士をやめてしまう人も数万人います。

待機児童の解消のために、ものすごい勢いで新園が建っていますから、その影響も大きいと思います。

国としては、今後、子どもの数が減り、保育士が余ってくると算段しているようですが、私はちょっと疑問に思います。

徐々に保育士養成校に進学する子どもの数そのものも減ってくるわけですし、そのうえ、今後、保育士や幼稚園教諭、小学校教諭の養成カリキュラムが改変され、より専門性が高い内容になります。

より専門性が求められるようになるわけですから、安易な気持ちで保育士になろうと思う人も減り、そもそも、人の役に立ちたい、子どもが好き、保護者の支援をしたい、と思うような心持の人が増えるとも思えません。

処遇の面でも、以前に比べてUPしたものの、まだまだ業務内容に見合ったものとは言い難い現状もあります。

そして、業務は年々増える一方です。

そんな状況で、保育士として勤めようとする人が余ってくるでしょか?

今現在、保育士として働いてる多くの人が(一部、犯罪などを犯してしまう人もいるので全員とは言えませんが)、給与や業務過多の状況よりも、「子どものために」との思いが強く、そういった人々の善意で保育現場が成り立っています。

だからといって、日々、保育の専門性を高めることに邁進していくことは大事ですから、今の保育現場ががんばっている、十分だとはもちろん思いません。

専門性が低い園や保育士が淘汰されていくことは仕方ないことだとも思います。

本来、専門性の高さが問われるのが、保育士という仕事です。

これまでは、割と簡単に資格取得もできていましたが、今後はそうとは言えなくなってくるでしょうね。

それを踏まえると、やっぱり、保育士が余ってくるとは到底思えないんですよね。

保育士資格を所持している人は、ごまんといるでしょうけどね。。

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