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子どもエッセイ

受容

2012/05/30

保育にとって、一番最初に行わなければならないことは、子どもや保護者を「受容」することだと思います。

受容とは読んで字の如く、「受け入れること」です。

つまり、その子ども、その保護者の「人となり」を理解し受け入れることです。

それが信頼関係の第一歩ではないでしょうか。

この「受容」を飛ばして、園の言い分だけを押し付けるような保育を行っているところがまだまだ多いですね。

例えば、子どもに何かをしてもらいたいとき。

わかりやすく言うと「言うことを聞いてもらいたい」時ですね。

こういう時、その子どもの個性は受け入れようとせずに、「こうあるべきだ」という価値観だけで指示するとどうなると思いますか?

まず間違いなく聞きはしません(笑

一見、おりこうさんに言うことを聞いているようでも、それは「叱られるのが嫌だから」「怖いから」「言うことを聞かなければいけないから」という理由であって、言われたことの本質はまず理解していません。

私たちは、子どもに「指示通りに動いて欲しい」ために保育をしているわけではなく、「どういうことをすればどんな結果になるか」「どういう理由でその行動をとるのか」を理解して欲しいために保育をしています。

そのためには、まず、受容が欠かせません。

子どもをまず受容することで、子どもは「自分が自分のままでいていい」ことを理解します。

これが先々とても重要なことで、その後の人生すべてを左右するといっても過言ではないのです。

まず「自分らしくいていい」ということを理解して初めて、「相手も相手らしくていい」ことを受け入れられるようになります。そこから、自分を受け入れてくれる相手との信頼関係が出来上がり、その相手への思いやりが生まれます。

信頼関係がないと、相手の話に耳を傾けられません。

子どもがおとなの言うことに耳を貸してくれない時は、たいていの場合、その子どものことをおとなが受容できていないか、おとなが言っていることが子どもにとっては納得のいかないことかのどちらかです。

要するに、子どもからすると

「自分のことは理解してくれない・受け入れてくれないくせに、おとなってだけで偉そうに自分の言い分だけを受け入れろって言うのはおかしい」

ってことです(笑

子どもって何もわからない生き物だと思われがちですが、びっくりするくらい色んなことを理解してるものです。

私たちおとなは、ついつい子どもよりも長く生きていますし、いろんな経験もしていますから、子どもよりも立場が上だとカンチガイしてしまいがちですが、長く生きているというだけで、子どもよりおとなが偉いわけでもないですし、人として優れているわけではありませんよね。

 

 

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