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子どもエッセイ

選択

2012/01/13

人間は生きていく中で、様々な選択をしなければいけません。選択の連続と言っても過言はないくらいです。

朝、何時に起きるか、朝ごはんに何を食べるか、どうやって職場まで行くか、職場でどのように働くか、昼食には何を食べるか・・・といった具合に、1日の中でも常に何かを選択して生きています。

そして、その選択には必ず責任が生じてきます。

自分がした行動に対しての責任です。

ですので、何かを選択する際には、周りに迷惑をかけないか等を考慮して決めなければいけません。他人のことを考えなければ、何をやってもいいということになってしまい、無秩序な世の中になってしまいます。

と、難しく書きましたが、本来わたしたちおとなは、上記のようなことを、無意識で自然にやっているわけです。

ただ、昨今よく耳にする「クレーマー」と呼ばれる人たちは、どうも権利ばかりを主張して、自分が果たすべき義務や責任を果たしてない気がします。

そういったおとなは、小さいころから何かを選択し、選択したことに対しての責任を負ってこなかったのではないかと思います。

ですが、それは、その人たちが育った環境や家庭、その人たち自身の問題というよりも、これまでの日本の教育の弊害のような気がしてなりません。

小さいころから「こうしなさい」と一方的にいろんな方法だけを教え込まれ、自分で考えるということも、やってみて失敗するという経験もないまま、言われたことだけをきちんとこなすのが「良い子」だとされてきた日本で、おとなの言うとおりに生きてきて、社会に出て突然、何もかもを自分で考え、選ばなければいけない環境に放り出されてしまい、困っているおとなたちが現代社会にどれだけいることでしょうか。

社会的にも問題になっている「指示待ち族」といわれる社会人にも当てはまることですね。

おとなの言うとおりに「良い子」で生きてきて、社会に出たら自分で何も考えられず、指示通りにしか動けないという状況は、教育の弊害としか言いようがありませんし、とても不幸なことだと感じます。

そういった不幸な社会人を減らすためにも、教育を根本から見直し、子どもの人権をもう一度考え、ひとりの人間として本当に人生に必要な教育を行えるような国に、日本も少しずつでも前進していって欲しいと心から願ってやみません。

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