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2018年 11月

ご案内

2018/11/29

第2回保育実践科学部会告知ポスターfinal[131]今年度の7月、東京大学で開催されました「第18回日本赤ちゃん学会学術集会」におきまして、予てより試案がありました学会内の保育部会が設立されました。

正式名称を、「日本赤ちゃん学会 保育実践科学部会」といいます。

部会の総括は、NTTコミュニケーションズ基礎研究の麦谷綾子氏が務められます。

未熟ながら、私が副総括を務めることとなっています。

保育実践科学部会は、その設立趣旨のひとつとして、研究者や現場、養成校などなどの垣根を越えて、「子ども」を多角的に捉え、かつ、科学的な根拠に基づいて共通理解を図り、多職種他業種によるダイバーシティにおける協調・協働を目指すことが挙げられます。

先般の東京大学での保育実践科学部会のワークショップでは、参加申し込み者多数となり、当初1回のみの予定を、急きょ翌日に2回目のWSの時間を設けるほど盛況な会となりました。

 

この度、第2回の保育実践科学部会を福岡にて行います。

参加は無料となっておりますので、ご興味のある方はぜひ足をお運びください。

お申し込みは添付データに記載のURLへアクセスいただくか、QRコードにて読み取るか、いずれかの方法で申し込みフォームにジャンプ後、必要事項を入力の上、送信ください。

参加者多数の場合は、翌日の午前中に予備日を設けています。

保育士不足

2018/11/22

相も変わらず、保育業界は保育士不足のようです。

幸い、当園は今年度は十分な人手に恵まれていますが、昨年度は保育士が不足していて、定員まで受け入れることができない状況でした。

保育士の不足は全国的なもので、国はありとあらゆる手だてて解消しようとしていますが、なかなか改善には向かいません。

今は、職業訓練でも保育士資格が取れるそうです。

毎年、保育士として社会に出る新卒者は数万人いるのですが、それと同等もしくはそれ以上に、保育士をやめてしまう人も数万人います。

待機児童の解消のために、ものすごい勢いで新園が建っていますから、その影響も大きいと思います。

国としては、今後、子どもの数が減り、保育士が余ってくると算段しているようですが、私はちょっと疑問に思います。

徐々に保育士養成校に進学する子どもの数そのものも減ってくるわけですし、そのうえ、今後、保育士や幼稚園教諭、小学校教諭の養成カリキュラムが改変され、より専門性が高い内容になります。

より専門性が求められるようになるわけですから、安易な気持ちで保育士になろうと思う人も減り、そもそも、人の役に立ちたい、子どもが好き、保護者の支援をしたい、と思うような心持の人が増えるとも思えません。

処遇の面でも、以前に比べてUPしたものの、まだまだ業務内容に見合ったものとは言い難い現状もあります。

そして、業務は年々増える一方です。

そんな状況で、保育士として勤めようとする人が余ってくるでしょか?

今現在、保育士として働いてる多くの人が(一部、犯罪などを犯してしまう人もいるので全員とは言えませんが)、給与や業務過多の状況よりも、「子どものために」との思いが強く、そういった人々の善意で保育現場が成り立っています。

だからといって、日々、保育の専門性を高めることに邁進していくことは大事ですから、今の保育現場ががんばっている、十分だとはもちろん思いません。

専門性が低い園や保育士が淘汰されていくことは仕方ないことだとも思います。

本来、専門性の高さが問われるのが、保育士という仕事です。

これまでは、割と簡単に資格取得もできていましたが、今後はそうとは言えなくなってくるでしょうね。

それを踏まえると、やっぱり、保育士が余ってくるとは到底思えないんですよね。

保育士資格を所持している人は、ごまんといるでしょうけどね。。

疲弊

2018/11/12

最近は、どこに行っても「人手不足」ですね。

ふらっと立ち寄った飲食店は、どこも従業員の募集があります。

コンビニでもそうです。

求人雑誌は年々分厚くなってますし、園には毎日毎日、保育士の人材派遣会社から電話があります。

保育士や介護士の人で不足は大々的にとりあげられていて、それだけみると、保育業界や介護業界だけが人材不足だと思いがちですが、日本全体どこも人手不足のようです。

人手が不足すると、サービスの質はどうしても落ちてしまいます。

質を落とさないように、と、現員で埋め合わせしようとしているのが、今の日本ですが、そのことが原因で、疲れ切ってしまっている人も増えています。

そうすると、せっかく今いる人も、何らかの病気などで退職や休職せざるをえない状況になり、ますます人手不足となってしまいます。

まさに負のループのできあがりです。

過剰なサービスに慣れきってしまっている日本人は、今後、苦境に立たされるでしょうね。

サービスがあって当たり前だと高をくくって生きている人たちは特に、です。

時代の趨勢に適応して、過剰なサービスは求めないようにしたいものでしたいものです。

せっかくの貴重な人材をこれ以上疲弊させたくないですしね。

日本は高度成長期以降、人を軽んじすぎてきたのかもしれません。

そういう教育を受けてきたんでしょうね。

乳幼児期の結果

2018/11/01

乳幼児期は人生の基盤を培う時期だと言われています。

その後の人生のすべてが決まる、ということではなく、その後の人生におけるあらゆることのベースが、一番効率的に身につく時期であるということです。

あくまでも「ベース」なので、何らかの形で確認することはそうそうできません。

いわゆる「結果」として、現れてくるのは、ずいぶんと先のことになります。

すぐ目の前にあるのが小学校ですから、小学校で困らないように、と目先のことばかりを考えがちになり、小学校がこうだから、小学校で困るから、と、乳幼児期に小学校と同じようなあり方を求めようとするおとなは多いですね。

育児世代のおとなが不安になるのはわかるのですが、びっくりするのが小学校や中学校の先生、同じ乳幼児期の保育教育に携わる人の一部でも、いまだに乳幼児期を「小学校の準備期間」としか捉えていない人がみられることです。

乳幼児期で培ったものが何らかの結果として現れるのは、おとなになってからです。

人間にとって、小学校や中学校が人生のゴールではありません。

その後の人生の方が何倍も長いのです。

ですから、かなり長期的な視点にたって、目の前の子どもがおとなになったときにどうなのか、を念頭においた保育教育が大事になってくるのですが、日本ではそういった専門的な視点で保育や教育を捉える人がまだまだ少ないですね。

 

少し前に、面白い記事を見ました。

もし、ビルゲイツ氏が日本で教育を受けていたら、どうだったか。

という仮定にたった記事でした。

そこでは、きっと今のビルゲイツ氏もマイクロソフトもないだろう、と結論付けてありましたが、私も同じように思います。

もし、ビルゲイツ氏が日本で育っていたら、まずは早い時期、乳幼児期に早々に、色分けされて療育などに通わされ、さっさと診断名をつけられ、その後は、型からはみ出る「困った子」として扱われ、心を折られ、不登校などになり、社会に出る時期になって社会に出ても、非効率で不合理さばかりで、無駄の多さで病んでしまう、という様なストーリーしか私には思い浮かびません。

ただ、早々に留学してしまってるでしょうね。

タイトルからずれてしまいましたが、「年齢」や「目に見えること」だけで子どもを判断するのではなく、その子の発達や特性、個性などに応じて教育を受けることができるような国になってほしいなと思います。そういった教育を受けることによって、自分なりの人生を歩んでくことができるようになるのではないかと思います。

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