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2012年 3月

役割

2012/03/31

昨日、性差に関して少し書きましたが、男性と女性の性差は、世の中の役割の違いにも関係しています。

男性と女性は、どうしても筋肉量や体格などにも差があります。

ですので、力仕事は男性の方が得意ですし、スタミナもあります。

脳の造りも若干の差が認められていて、物事に対する姿勢や考え方などにも違いがあります。

例えば、男性は物事を立体的に捉えるのに対し、女性は平面的に捉えます。地図などがいい例なのですが、目的地までの地図を見た時に、男性は方角や現在地などを地図から読み取ることができるのですが、女性はなかなか上手く読めません。

園での子ども達の姿にも性差は表れていて、何かを作るとき、男の子は立体的な製作や積み木などを好みますが、女の子は塗り絵やお絵かきなどの平面的なあそびを好みます。

何かを学び取るときに、女の子は、きちんと椅子に座り、机に向かった方が頭に入りやすいのに対し、男の子は寝転んだり、床に座ったりしてリラックスした状態で臨む方が頭に入りやすいようです。

このように、脳機能の性差から、その行動や思考などにも性差が表れるのですが、あくまでも男性と女性との2つの性に便宜上、分けた場合の話です。

男性の中にも1-2割の人間は、女性に近い脳機能を持つ男性もいますし、逆の場合もあります。

ですので、便宜上の分類であって、それをそのまま、それぞれの人間に当てはめるのは危険です。

このように、男性と女性では概ね性差が認められるわけですので、世の中に男性と女性が存在することで、上手くバランスがとれているのです。

どちらかの性しか存在しない場合、バランスが崩れてしまい、方向性が偏ったり、歪んだ関係性が出来上がりやすくなってしまいます。

ですので、うちの園には、男性のスタッフも女性のスタッフもいます。

子どもにとって、一番最初の「社会」である園に、どちらか片方の性だけが関わるのは、不自然です。男性だけですと子ども達が荒々しくなりますし、女性だけですと子ども達が神経質になってしまいます。

それぞれの性の役割を互いが認め、出し合うことで、上手くバランスが取れ、子どもにとって望ましい人的環境になります。

人的環境が歪んでいると、子ども達の発達にも歪みが生じてきます。

保育園は、子どもを主体とする施設ですので、そのために人的環境を整えるのは最低限の仕事です。

これがつまりチームワークなのだと思います。

性差医療

2012/03/30

世の中には男性と女性がいます。

男性と女性では、その持っている「人権」という点や「ヒト」という動物の一種である点などでは同じ人間ですが、性差があることは否定できません。

外見はもちろん、内臓も違いますし、最近の脳科学の研究によれば、脳の構造なども違いが有るようです。

その性差に早くから注目していたのが、アメリカの医療です。

1990年代より、アメリカを中心に、「性差医療」という新しい医学・医療の流れが始まりました。

これは男女の性差に着目して、医療に生かすものです。

骨の構造や痛みの感覚、薬の代謝、病気の発症率やその症状・原因・治療法も、男女の間では違いがあるとの研究結果が出ています。

実は、世の中の医療は、成人男性を基準にされていて、薬の量や治療方法などは、一般的な成人男性を基準にしたものです。

ですので、そこに男女の違いは考慮されておらず、どうしても、女性は、何かしらの不都合を感じることが多々出てきます。

アメリカでは医療がとても進んでいますので、薬ひとつ、治療法ひとつでも、男性には男性の、女性には女性の性に合ったものを選択することが多くあります。

この「性差医療」によって、これまで、薬が合わなかった女性も、自分に合った薬を服用することが可能になりました。

女性の場合は、漢方を中心に処方されることが多いらしいのですが、このあたりも女性特有の臓器である子宮を持っていることなどの性差が関係しているのだと思います。

日本でも、近年、女性外来などの女性専用の外来を設ける医療機関が増えてきてはいますが、やはりまだまだ性差は蔑ろにされがちのようです。

病気をしない身体作りを行うことが一番重要なのですが、やはり年を重ねるごとに、何かしらの病気はつきものです。

自分が病気になったときなど、本当に自分に合った治療法を見つけ、治療を進められることは、最低限保障してもらいたいことのひとつだと思います。

日本でも今後、性差医療が進み、個々人に合った医療を受けることができる環境が整備されるといいですね。

 

声かけ

2012/03/29

昨日のスタッフのブログを見て、さすがだなぁと感心させられました。

よく、保育士の仕事は、「子どもと遊んでいるだけでいいから楽だね」とか、逆に、「おっきな声で指示して教え込まなきゃ」とか言われることが多いのですが、こういったことを保育関係者以外の方が言うのは分かるのですが、同業者でさえも同じようなことを言われる方がいて困ることがあります。

子どもの発達に、おとなは欠かせない環境なのですが、それは、子どもに何かを「教え込む」ために必要なのではなく、「モデル」となったり、「子どもの力を引き出す」ためにヒントを与えたり、うまく自分を表現できない気持ちを「受容」し、その気持ちに「共感」するためなどの人的環境であると思います。

それがいわゆる保育士の仕事なのですが、どうも大きな声で遠くから指示を出したり、子どもが自ら何かをしようとすると先走って方法や手順を全部指示したりすることが保育士の仕事であると勘違いしている方が多いように感じます。

例えば、昨日のスタッフのブログにあった、「自分の物を片付ける」ということですが、ひとつひとつ指示を出して片付けさせるのはとても簡単です。

ですが、子どもにとってはどうでしょうか?

子どもは言われたとおりに上着をたたんだり、棚に片付けたりすることはできます。ですが、指示をされてその通りに動いただけでは、その行動の理由はわかりませんので、次もまた同じ指示をださないとできません。

上着をたたんで棚に片付けるのは、次にその上着を着るときに楽に着れるからなのですが、その理由を理解しているかしていないかでは、大きく違います。

理由や意味を理解しての行動は、そこからどんどん派生して行き、いろんな行動が自発的なものへとなります。

考える力や自発的に物事に関わろうとする力がなければ、おとなになってから、ただ指示を待つだけの人間になってしまいます。

 

このように、子どもにとって本当に必要な力とは何か、そういったことを日々考えながら保育しているうちのスタッフは、プロとしての意識が高いんだなぁと改めて思います。

 

2012/03/28

今日はとてもお天気がよく、日差しもまぶしく、急に春真っ盛りになったような1日でしたね。

木々の花も春の装いで、風もそよ風が吹いていました。

春といえば、「春眠暁を覚えず」という有名な言葉があります。

正式には

春眠不覺曉 處處聞啼鳥 夜来風雨聲 花落知多少

(春眠暁を覚えず  処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知んぬ多少ぞ)

というのが孟浩然の漢詩です。

「春の眠りは心地よく、うっかり寝過ごし、夜明けに気付かない。
目覚めてみると、ところどころで鳥がさえずっていて天気が良さそうだ。
そういえば、昨夜は風雨の吹き荒れる音がした。
せっかくの花がどれほど落ちたことか。」

という意味なのですが、最近は、春は気候が穏やかでついつい眠くなりがちだという意味合いで使われることが多いようですね。

確かに春の陽気は、心地よく、抗いがたい睡魔に襲われることがしばしばです。

ただ、私の場合、低血圧で貧血気味なので、春や夏などの朝の気温が高めの方が、寝起きはスッキリなんですよね。

冬はもう朝起きるのが辛くてたまりません(笑

その分、春は、お昼間についウトウトしてしまうことが多いのですが・・・(笑

みなさんはいかがでしょうか?

近年は地球温暖化の影響か、春がとても短く、急に夏がやってきて、夏がとても長いように感じます。

四季の中でも一番陽気な日々が続き、過ごしやすい春を、今のうちに存分に楽しみたいものですね。

 

 

 

次年度

2012/03/27

早いもので、今年度も残すところあと数日です。

本日、次年度初めのお花見の予定と、入園・進級式のご案内を配布しました。

毎年度、年度の初日は、近くの桜などを散歩がてらに見て、地域の納骨堂前の空き地で、お花見をしながらお弁当を食べます。

入園・進級式は、年度が始まって一番最初の土曜日に行っています。

初めて当園に通われるご家庭も何件かあり、また、ひとつ上のクラスにあがるご家庭もあり、新しい年度を迎えるにあたって、いろいろと心配なことや疑問などそれぞれがお持ちだと思います。

ちょっとした気になることでも、遠慮せずに、お気軽に声をかけてくださいね!

 

新年度を迎える喜びと楽しさと、年長児さんがあと数日でいなくなってしまう寂しさと、いろんな感情がない交ぜになってしまってますが(笑、笑顔で新年度を迎えたいと思います。

 

卒園児

2012/03/26

昨日の卒園式には、近くの小学校の校長先生も臨席して下さいました。

来賓を代表してご挨拶を頂いたのですが、その中で、とても嬉しいお話がありました。

その小学校で、生徒が文集を作ったそうなのですが、将来の希望を書くところに、

「るんびに保育園で働きたい」

と書いた子どもが何人もいたそうです。

式終了後、園長がその校長先生にお話を伺ったところ、そのお話はお世辞でもなんでもなく、本当にあったことだそうで、それも一人二人ではなかったそうです。

校長先生は、

「お世辞だと思うなら、文集をお見せしましょうか?」

とまで仰ったそうです。

そんなうれしいことを書いてくれたのはきっと、卒園児の子達なのだと思うのですが、卒園しても園のことを忘れずに、大きくなってもこの園と関わっていきたいと思ってくれる子がいるということが、本当に嬉しく思います。

それだけ、この園で過ごした時間が、その子ども達にとっていい思い出になったのだということの証だと思います。

年々卒園していく子ども達の中で、いつかこの園で一緒に保育をする日が来るかもしれません。

想像するだけでも楽しいですね。

この話を伺って、子ども達と日々、直接的に接しているスタッフのみんなは、ちゃんと子ども達のことを受け止め、手本となるようなおとななんだと改めて実感しました。

子ども達にそんなことを言わせる保育を行っているうちのスタッフは本当にすごいなと思います。

卒園式

2012/03/25

今日は卒園式でした。

数年前から、卒園児さんとそのご家庭を職員全員で送り出したいと思い、3月の最終日曜日に行っています。

今年度で完全に卒園するご家庭もあり、また、明日からはもう登園しない子どももいて、今日で最後と思うと、寂しさがこみ上げてきます。

式が始まり、卒園児さんたちが入場すると、思わずうるっときてしまいました。

今年こそは大丈夫と思ってたんですけどねえ・・・。

卒園児さんの思い出のスライドでは、それぞれの子どものいろんな思い出が記憶の中から呼び起こされ、やっぱりここでも涙・・・。

卒園児さんの最後の歌でも、もちろん涙・・・。

先生達から子ども達への歌のプレゼントでも、ええそうです、涙ですよ・・・。

 

卒園していく子ども達には、これから先、様々なことが待っています。

楽しいことばかりでなく、時には辛いこともあると思います。

ですが、辛いことや苦しいことをひとつひとつ着実に乗り越えていく力は、どの子どもにもちゃんと備わっていると思います。

子ども達が輝かしい未来を送れることを、心から願います。

最後になりましたが、ごく近しい関係者の方々にも案内を配布しておりましたが、日曜日というのに10名を超える来賓の方々が参列して下さいました。

改めて御礼申し上げます。

行事準備

2012/03/24

園の行事があるごとに、その事前準備を行うのですが、保育がありますので、たいてい前日にしか準備できないことがほとんどです。

それも、子ども達が帰ってから行うことが多く、会場設定などはたいてい夕方以降から始めます。

明日が卒園式ですので、今日も同様に、夕方子ども達が帰ってから、いつもはランチルームと幼児クラスの保育室である2階のホールを片付け、本来のホールの姿に戻してから会場設定しました。

お隣のお昼寝のお部屋は、卒園式後の茶話会の会場として準備しました。

どの行事も私たちにとっては大切なもので、思い出深いものなのですが、やはり、卒園式がいちばん気持ちを揺さぶられる行事です。

いつもは、行事準備もわいわい楽しくたまにはふざけながら行うのですが、今日ばかりは、わいわいはしていても、それぞれがふと黙り込んでしまったり、ちょっとぼーっとしてしまったり・・・。

もちろん、年度末の疲れもあるのですが、それよりもやはり卒園児が卒園してしまうことへの寂しさがこみ上げてきます。

準備を進めながら、卒園する子ども達それぞれのいろんなエピソードを思い出し、気づくとため息が・・・。

同じくらい、それぞれの成長を嬉しく思うのですが、とにかく様々な感情が入り乱れてしまって、気持ちがゆらゆらとしてしまいます。

明日はいよいよ卒園式本番です。

 

 

 

 

うん、泣かないようにしよう・・・

 

いやー

 

無理ですね(笑

 

お別れ会

2012/03/23

今日はお別れ会でした。

残念ながら、卒園児さんは全員揃わなかったのですが、最後に子ども達で行うイベントということもあって、子どももおとなもとても楽しいひと時を過ごしました。

お別れ会が始まってすぐに、ある3歳児の女の子が部屋の隅っこでじっとしていました。

先生に話を聞くと、2・3日前からちょっとおとなしい状態だったそうで、私のそばに連れてきて、一緒にお別れ会に参加しました。

司会の子どもがプログラムを進めると、その女の子のほっぺを涙がずーっと流れました。

もしかして・・と思って、その子に

「もしかして、しっかりさんがいなくなるのが寂しいの?」

と尋ねると、関をきったように、涙がポロポロポロポロ・・・

卒園児さんのスライドショーが始まると、号泣・・・

私も釣られてしまい、その子と一緒に思わず涙してしまいました。

年齢が低いので、そういった悲しみや寂しさなど理解できないだろうと思うと大間違いです。

感受性が豊かな子どもほど、その時々の状況で、いろんなことを感じます。

お別れは確かに辛くて寂しくて悲しいことですが、お別れによって経験する様々な感情に、ちゃんと私たちまわりのおとなが共感し、受け止めることで、緩和され、次に進むことができます。

おとなは、子どもが感じるそれらの感情を取り除くことはできません。

ですが、子どもは必ずしも取り除いてくれることを望んでいるのではなく、共感し受け止めてくれることを望んでいるのではないでしょうか。

私たちはどうしても、子どもがかわいいあまりに、できるだけ負の感情を与えないように、不快なことがあればすぐに取り除いてあげようとしてしまいますが、取り除くことが大切なのではなく、子どもにとって不快なことが起こったときに、どう対応するかの方が大事なことのような気がします。

 

ほっこり

2012/03/22

贈り物用に焼き菓子を買いに、いつも利用させてもらっている洋菓子店へ行きました。

贈り物用と自宅用とに分けてもらい、精算終了後に、あわててシュークリームを追加(ここのお店のシュークリームはとにかく絶品です!)。

ポイントカードが貯まっていたので、1000円分の割引を受けて、支払いを済ませ、お店を出ました。

夕方で、次の予定が差し迫っていて、慌てていてその場で確認しなかったのが悪いのですが、ふと

「あれ?」

と思って車を止め、レシートを確認したところ・・・

やっぱり1商品分の支払いをしていませんでした。

慌ててお店に電話を入れ、その旨を伝え、後ほど支払いに行く件を伝え、予定をクリアしてから再びお店へ。

レジで電話した者ですが・・・と伝え、無事にちゃんと購入分の金額を支払いました。

支払いが済んで、お店を出ようとしたところ、オーナーさんの奥様が奥から出てこられ、丁重にお礼を仰って、すごく安心した表情で、とてもほっこりした笑顔を見せて下さいました。

そのまま気づかないフリをして、「得した!」とやり過ごすことはいくらでもできるのですが、現代のようなどこか殺伐として、損得勘定ばかりで動くおとなが多い中、人としての最低限のマナーは守りたかったという思いもあります。

それに、いつもおいしいお菓子を堪能させてもらってますので、そのことに対しての感謝の思いもあります。

お金さえ払えば何をしてもいいというおとなが多いですが、お金は「物」への対価であって、「人」に対しての感謝の念はお金ではどうすることもできません。

今からを生きていく子ども達には、感謝の気持ちを忘れて傲慢な振る舞いばかりするようなおとなにはなってほしくないものですね。

 

自分の何気ない行動で、誰かがほっこりしてくれると、こちらまでほっこりします。

今日は本当に、心を穏やかにしてくれた1日でした。

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